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名古屋高等裁判所 平成10年(ネ)440号 判決 1998年9月28日

控訴人

大場康夫

右訴訟代理人弁護士

高和直司

被控訴人

蒲郡市

右代表者市長

鈴木克昌

右訴訟代理人弁護士

大場民男

右指定代理人

渡辺正信

鈴木富次

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第四 当裁判所の判断

当裁判所も、控訴人の請求は棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり訂正するほか、原判決「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決二二頁一一行目から同二四頁一行目までを次のとおり改める。

「ところで、公権力の行使にあたる公務員が、その具体的事務を処理するに当たり、法律上の判断が要求され、その判断いかんによって処理の帰すうを異にする場合において、その判断が微妙であって、いずれが正しい結論であるかということが何人にとっても一応明白であるといえないときには、たとえその判断に誤りがあっても、過失あるものということはできないと解するのが相当である。

しかして、本件投票を控訴人に対する投票であるとすべきか否かは、法律上の判断を含むものであり、鈴木選挙長の右判断行為は、公権力の行使にあたる公務員が、その具体的事務を処理するに当たり、法律上の判断が要求され、その判断いかんによって処理の帰すうを異にする場合に該当するというべきである。

そして、〔証拠略〕、原審における証人鈴本繁玄の証言及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一)  鈴木選挙長らは、本件開票事務における投票の効力の判定にあたり、自治省選挙部発行の「投・開票事務ノート」を有力な手引きにしていた。

(二)  右投・開票事務ノートは、

(1)  「投票の効力は個々具体的な事情を考慮して判断すること」の見出しのもとに「投票の効力については数多くの判例や実例があるが、必ずしも統一されているとは言いがたいし、また、これらは、いずれも、それぞれの場合における問題の投票についての具体的な判断を示すものであるから、かなり一般的な判断基準を示しているように思われるものであっても、開票管理者や開票立会人が投票の効力を判断するに際にこれらの判例をそのまま採用するというわけにいかないことが多い。」旨の説明をしている(一一〇頁)。

(2)  「完全混記投票 投票用紙に記載された氏名が一の候補者の氏と他の候補者の名とから成り立っているもののように二人以上の候補者が完全に混同されている投票」との旨の見出しの個所において、「この種の投票の効力に関する原則的な考え方を示したもの」として、「特段の事由によるものを除き、選挙人は一人の候補者に対して投票する意思をもってその氏名を記載するものと解すべきであるから、投票を二人の候補者の氏名を混記したものとして無効とすべき場合は、いずれの候補者氏名を記載したか全く判断し難い場合に限るべきであって、そうでない場合は、公職選挙法六八条第五号、第七号に該当する無効のものでない限り、いずれか一方の氏名に最も近い記載のものはこれをその候補者に対する投票と認め、合致しない記載はこれを誤った記憶によるものか、又は単なる誤記になるものと解するを相当とすべきである。」旨の最高裁昭和三二年九月二〇日判決を引用している(一六七頁)。

(3)  右最高裁昭和三二年九月二〇日判決を引用した後、「右のような考え方をもう少しくわしく、場合を分けて述べてみよう。」として、場合分けによる説明を加えているが、その中には、<1>「氏も名も全く関連のない二人の候補者の氏と名を完全に混記したという場合には、まず有効になりようがない。例 (候補者)鈴木良吉、佐藤一道 (投票)鈴木一道、佐藤良吉。」旨の説明の個所と、<2>「完全混記であっても有効とされる余地のある投票というものは、大ざっぱにいって、氏と名のどちらか一方がよく似ていて、他の一方は著しく異なっているという、そういう候補者間の混記であるということになるであろう。例 (候補者)木田金之助、本田一(投票)本田金之助、木田一。」旨の説明の個所を設けている(一六七及び一六八頁)。

(三)  本件選挙は蒲郡市議会議員を選出する選挙であり、同姓のものが多いという地方都市としての地域事情から、本件選挙の候補者中に、「大場」姓の者が三名、「小林」姓の者が二名いたこともあり、選挙活動において、氏よりも名に重点を置いた選挙活動をしているという特別事情があった。

(四)  鈴木選挙長は、本件投票の有効・無効を判定するにあたり、右特別事情を考慮したものである。

右事実によると、右最高裁昭和三二年九月二〇日判決においても、いずれか一方の氏名に最も近い記載のものをその候補者に対する投票と認めるべきであるとの識別基準を機械的・一義的に示しているわけではないこと、鈴木選挙長らが有力な手引きにしていた「投・開票事務ノート」での右判決の説明において、投票の効力は、個々具体的な事情を考慮して判断すべきものとされていること、本件では、選挙活動において、氏より、名に重点を置いた選挙活動をしているという特別事情があったこと、右「ノート」の説明に従うと、候補者大場康夫及び小林康宏のもとにおける「大場康宏」及び「大場やすひろ」の投票は、「氏も名も全く関連のない二人の候補者の氏と名を完全に混記したという場合」に該当するとして、無効であると考えられる余地があったことが認められる。

そうすると、本件投票の記載が、形式的な面において、控訴人の氏名と上位三文字が合致しているのに対し、対立候補者である小林康宏の氏名は二文字しか合致していないからといって、直ちに、これを控訴人に対する有効投票となしうることが、何人にも一応明白であったとはいい難い。

したがって、本件投票を控訴人に対する投票として有効と判断しなかった鈴木選挙長の判断に過失があったと断ずることはできない。

第五 結論

よって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺本榮一 裁判官 矢澤敬幸 後藤隆)

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